クレチン症講座ー初級編

Lesson5 : 甲状腺機能の検査

5-1 精密検査のこと

新生児マススクリーニングにより先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)が疑われた場合、赤ちゃんが生まれた医療機関(産科医院、病院)や保健所などから、詳しい検査(精密検査)を受けるようにご家族に連絡があります。
先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)を専門とする医師は小児内分泌専門医です。お近くの精密検査を担当する医療機関(精検医療機関)に小児内分泌専門医が勤務しているとは限りませんが、たいていの地域では小児内分泌専門医がコンサルタント医師(顧問医師)として委託されていて、精検医療機関と密接に連携をとるようなシステムとなっています。

精検医療機関では、赤ちゃんの甲状腺機能を検査するために、採血をして血液中の甲状腺ホルモン(T3,T4)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の値を確認します。 膝(ひざ)の骨のレントゲン写真をとり、骨の成熟の具合をみます。これは、重度のクレチン症の場合、お母さんのお腹にいたときに骨の成熟が遅れ、大腿骨(太ももの骨)の端にある骨核と呼ばれるものができていなかったり、小さかったりするので、それを確認するものです。

また、お母さんが知らない内に、やはり何らかの甲状腺の病気(特に、ある種の慢性甲状腺炎)になっていて、そのことが赤ちゃんに影響を及ぼしていることもあり、場合によってはお母さんの甲状腺機能検査も行います。

甲状腺が普通の場所(首の正面の真ん中、喉仏の下辺り)に無い場合、クレチン症が強く疑われますので、甲状腺超音波検査などで甲状腺のある場所を確認することもあります。

精検医療機関とご自宅の距離が遠い場合は、入院して精密検査が行われる場合もありますが、通常、これらの検査は通院(外来診療)で行うことが可能です。 生まれたばかりの赤ちゃんがお母さんと離れて入院することは難しく、赤ちゃんが入院することはお母さんと一緒ということになりますので、できるならば通院(外来診療)が望ましいと言えます。

5-2 基準値について

病院などで血液検査をうけると、その数値の説明として「正常値ですね。」「異常値です。もっと詳しい検査をしましょう。」などという言葉が使われます。では、この「正常値」と言われるのはどのような「値」なのでしょうか。 ある臓器の機能の検査を、何千〜何万人分も測定し、そこで得られた値を数学的に(正しくは統計学と言います)処理して、だいたい95%の人の値が入る値の範囲を決めます。これが「正常値」と言われる値です。これらの数値は最近では「基準値」「基準範囲」といわれています。 検査の数値には個人差があり、また同じ検査項目でも検査方法が異なる場合もあります。ですから「正常値だから正常」で「正常値ではないから異常」ということではありません。 ネルソン(Nelson)という米国の小児科の教科書があります。世界中で最もよく使われている教科書で、しかも日本の医学生が使う日本語の小児科の教科書と違い、小児科医が参考にする一番の教科書と言ってよいものです。 そこに書かれている、甲状腺関係のホルモンなどの「基準値」(Reference Values)をご紹介します。

検査項目 対象年齢 基準値
サイログロブリン値(Thyroid  thyroglobulin) 臍帯血
出生時〜35か月
3-11歳
12-17歳
14.7-101.1 ng /ml
10.6-92.0
5.6-41.9
2.7-21.9
Thyroid stimulating hormone (TSH) 未熟児(28-36wk)の生後1週
満期産児 生後4日目まで
2−20週
5ヶ月−20歳
0.7-27.0 mIU/L
1.0-38.9
1.7-9.1
0.7-6.4
Thyroxine (T4) 満期産児 1-3日
1週まで
1−12ヶ月
1−3歳
3−10歳
思春期以後
8.2-19.9 microgr./dL
6.0-15.9
6.1-14.9
6.8-13.5
5.5-12.8
4.2-13.0
free thyroxine (FT4) 新生児3日目
乳幼児
思春期前
思春期以後
2.0-4.9 ng/dL
0.9-2.6
0.8-2.2
0.8-2.3 
Triiodothyronine (T3) 臍帯血
新生児
1−5歳
5−10歳
10−15歳
それ以降 
30-70 ng/dL
75-260
100-260
90-240
80-210
115-190  
free T3 臍帯血
1−3日目
6週
大人(20−50歳)
0.2-2.4 pg/ml
2.0-6.1
2.4-5.6
2.3-6.6
甲状腺摂取率 放射性ヨード(24時間値)
テクネシウム(24時間値)
8−30%
0.4-3.0%

この基準値は、ある一定の測定法で、その検査施設で集めた検体でのものです。日本では、各病院で送っている臨床検査会社の基準値が使われることが多いのですが、実際には臨床検査会社で、子どもの時期のデータを持っていることはほとんどありません。病院でいわれる「正常ですね」はだいたい、大人の基準値をもとに話されることが多いのです。

しかし、血液中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)値については、多数のお子さんでのデータがないのが実状です。「小児基準値研究班」という日本での検査の専門家が集まった研究がおこなわれ、いろいろな小児の検査値を載せている「日本人小児の臨床検査基準値」(日本公衆衛生協会、ISBN: 978-4-8192-0154-4)という本があります。1997年に発行されたものです。 その本の中の生後1年までのデータを示しておきましょう。

月齢 1M 2M 3M 4M 5M 6M
TSH(mIU/L) 0.77-7.3
0.68-6.5 0.60-5.8 0.55-5.4 0.50-5.0 0.45-4.5
月齢 7M 8M 9M 10M 11M  
TSH(mIU/L) 0.43-4.4 0.41-4.2 0.42-4.3 0.41-4.1 0.39-4.0  

1歳以降はおおよそ0.45−4.1mIU/L程度で大きな変化はありません。どの測定法でも5mIU/L以上は少し高値、10mIIU/L以上は明らかに高値と考えて良いようです。

この「日本人小児の臨床検査基準値」が発刊されてから10年以上たち、その間、TSHの測定法も改良が重ねられた結果、当時とはすっかり測定法は変わってしまいました。そのため、新しい測定法による新しい小児の臨床検査基準値が示されることが望ましいわけですが、残念ながらまだそうしたデータは公表されていません。 小児の甲状腺の病気についての専門医が集まって、日本甲状腺学会・小児甲状腺疾患診療委員会が2005年12月に設立されました。その委員会の大事な役割として、子どもの甲状腺機能検査の基準値を検討することが決められています。新しい情報が得られましたら、このホームページでお知らせします。