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クレチン症講座ー上級編

Lesson16 : 甲状腺ホルモン合成障害

16-1 甲状腺ホルモンの作られる過程

  1. ヨードの能動輸送:血液中のヨード(ヨウ素)が、甲状腺細胞の中に取り込まれます。
  2. ヨードの有機化:過酸化水素、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)という特殊な酵素の力で、ヨードが1個のMIT(モノヨードチロジン)と、ヨードが2個のDIT(ジヨードチロジン)が作られます。
  3. 次ぎに甲状腺の中に蓄えられているサイログロブリンという特殊なタンパク質と結合します。
  4. 縮合:またTPOの働きも加わり、MITとDITでヨードが3個のトリヨードサイロニン(T3)、DITとDITでヨードが4個のサイロキシン(T4)ができます。
  5. 加水分解という酵素の働きにより、T3,T4はサイログロブリンから離れ、T3,T4,サイログロブリンが血液中に放出されます。
  6. 一方残ったMITとDITは、脱ヨード化(ヨードがはずれる)され再び甲状腺ホルモンに使われます。

甲状腺の作られる過程のなかで、いずれかのところで異常が起こり、正しく合成されない場合を甲状腺ホルモン合成障害といいます。
これらは下記のようにまとめられます。

【甲状腺ホルモン合成障害】
  1. ヨード濃縮障害
  2. ヨード有機化障害
  3. ヨードチロシン脱ヨード化障害
  4. サイログロブリンおよびヨードサイロニンの合成障害
    a:ヨードチロシン縮合障害
    b:サイログロブリンの欠損
    c:サイログロブリンの構造異常

16-2 甲状腺ホルモン合成障害と遺伝

甲状腺ホルモン合成には様々な酵素や、サイログロブリンという甲状腺に特有なタンパク質が関係しているため、それぞれに関係する遺伝子の構造の研究が進み、様々な先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)の原因が分かってきています。
遺伝に関することは簡単には説明できませんが、例えば甲状腺ホルモンの合成障害の一つである「ヨード有機化障害」の場合は、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)という酵素が作られなかったり、その働きが悪かったりすることが原因であることが多く、このTPO遺伝子の変異(*1)が報告されています。

*1:遺伝子変異(mutation)という言葉の意味を説明します。遺伝子はデオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid)=DNAから成っていて、そのDNAの単位はヌクレオチドと呼ばれ、塩基、糖(D-デオキシリボース)、リン酸でできています。塩基には、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があり、この4種類の並び方で遺伝情報が規定されています。この並び方が正常の機能をもった遺伝子と異なる場合を「遺伝子変異」といいます。


多くの遺伝子変異は「劣性遺伝」(=この言葉は「劣った」という意味にとらえられやすいのですが、「変異のある遺伝子が父由来と母由来の2個そろわないと病気が起こらない」ということで、つまりは病気を起こす力が「劣っている」ので劣性遺伝なのです)の形式をとり、お父さんとお母さんが、たまたま同じような場所に遺伝子変異を持っていてそれが2つそろったことで、お子さんの甲状腺機能に変化がでてくると考えられています。
そのため、お子さんの遺伝子を調べるだけではなく、お父さん、お母さんお二人の遺伝子を調べることが大事になります。

ここで必ず理解して頂きたいことは、「遺伝子変異」という言葉を使っていても、それはたまたま「甲状腺ホルモン」という物質を作る遺伝子の働きが悪くなっているということで、人間としての「変異」や「異常」があるということではないことです。 まして、遺伝子変異があるからといって、社会的差別をうけることが起きてはならないということは、いくら強調しても強調し足りないくらいです。
一般に全てのヒトは、必ず数個の遺伝子変異を持っていると言われています。むしろそれが、それぞれのヒトの個性を作っていると言えます。

遺伝子変異は、今では血液の中の白血球のDNAを調べることでわかります。つまり、10mlほどの血液を採り、その中の白血球からDNAを取り出し、その中の特定の遺伝子を調べるのです。人間の全ての細胞は、同じ遺伝子を持っているので、こうしたことができるわけです。