クレチン症講座ー上級編

Lesson25 : 病型診断の方法

25-1 病型診断の方法

「病型診断」の手順は、医療機関や主治医の先生により多少違いますが、大きく異なることはありません。ここに標準的な方法(北海道大学医学部小児科の内分泌グループで実施しているもの)を紹介します。

【入院前の準備】

現在飲んでいるレボチロキシン(チラージンS)を、4分の1の量のトリヨードサイロニン(チロナミン)に置き換えて3~4週間飲みます。(例えば、チラーヂンSを60μg/日(分1)飲んでいたとしたら、チロナミンを15μg/日(分3)で飲むことになります。)

註:ここで4分の1量とするのは、甲状腺ホルモンとして体に作用する強さ(「力価」といいます)が、レボチロキシン:トリヨードサイロニン=約1:4だからです。つまり、トリヨードサイロニンが4倍強いので4分の1に置き換えても薬としての効果が変わらないと言うことです。
甲状腺ホルモン薬を飲んでいると、お子さん自身の甲状腺の働きを調べることができません。そこで一時的に治療を中断し、お子さん自身の甲状腺だけが働いている状態にするわけですが、甲状腺機能低下症の程度が強い場合(重度の甲状腺機能低下症の場合)、治療の中断期間を最小限にしなければなりません。ところが、レボチロキシンの血中の半減期が約7日間であるため、服用していたレボチロキシンの影響を完全になくするためには、3~4週間は中断する必要があります。一方、トリヨードサイロニンの半減期は約1日ですので、3~4日程度の中断で十分となります。そこで甲状腺機能低下症が起きないように同じ力価のトリヨードサイロニンに置き換えて、レボチロキシンの影響を無くしてから、トリヨードサイロニンを短期間中断する方法をとります。重度の甲状腺機能低下症が予想される場合は、この短期間の中断は3~4日間でも十分ですが、軽度の甲状腺機能低下症が予想される場合は、7~10日間程度が望ましいといえます。

入院する1週間前にチロナミンをやめて、ヨード制限食を始めます。
(子どもでは厳密なヨード制限食はできませんから、昆布などの海藻類、海産物をやめる程度です。ただ落とし穴として、昆布だしや昆布を使った「だしの素」もヨードが多いので要注意です。)

註:精密検査として、甲状腺シンチグラフィーを行い、血液中のヨードを甲状腺が取り込む機能を評価します。この際、食事からヨードを大量に摂っていると、検査用のヨード(放射性ヨード)が甲状腺に取り込まれるのを妨害します。そのため、ヨード制限食とすることで、できる限りお子さんの甲状腺の働きを正しく評価できるような準備をするということです。

 【入院したら】

放射性ヨードによる甲状腺シンチグラフィー(シンチ)、ヨード甲状腺摂取率の検査をします。
(試薬はカプセルに入っているので、それを服用し(丸飲みします)、1、3、24時間後の摂取率を測定します。
カプセルが飲めない場合は、カプセルをはずして、中身を注射器にとり管を通して胃の中に入れます。
カプセルの中身は、放射性ヨードなので、口の中や体の表面が汚染されないようにしなくてはなりません。もし口の中が汚染されてしまうと、摂取率の検査が正確に出来ないのと、ヨード唾液/血清比(後で述べています)の検査もできなくなります。
測定は放射線防護された特殊な部屋(たいてい地下にあります)で、検査装置の下に何分かじっとしていると終わります。じっとしていないと正確な検査ができませんので、小さな子どもに場合によっては眠り薬を使うかもしれません。

【その意味で、カプセルが飲めて、しかもじっとしていられる5、6歳頃が検査に適当な時期なのです。】

カプセルを飲んだ2,4時間後に唾液と血液をとって、その中の放射性ヨードの量を比較(=ヨード唾液/血清比)します。
(これは「ヨード濃縮障害」という甲状腺ホルモン合成障害の一種の有無を調べるためには必要な検査です。ただし、唾液を集めなければならないので、小さな子どもで検査するのは大変です。)

放射性ヨード摂取率が3時間値または24時間値で20%を超えていたら、パークロレイトという試薬(粉薬)を飲んでもらい、「パークロレイト放出試験」を行います。
(これは「ヨード有機化障害」という、甲状腺ホルモン合成障害の中で一番多くみられる原因の有無を調べるために、必ずしなくてはいけない検査です。)

註:パークロレイト放出試験の標準的なやり方は、日本小児内分泌学会のホームページに載っています。パークロレイトという試薬以外に、ロダンカリという似たような効果のある試薬も以前は使われていました。しかし、パークロレイトもロダンカリも、検査用の試薬として厚生労働省の認可を受けた試薬ではありません。古くから検査に「安全に」使われているのですが、慣用的に使われてきたため、検査用試薬としての認可がされていなかったのです。パークロレイトもロダンカリも実験用の試薬として化学薬品製造会社が製造していますが、その会社が検査用の試薬として認可を申請することは、わが国の体制として現状では期待できません。
そこで甲状腺の病気の専門家集団である日本甲状腺学会日本小児内分泌学会は、それぞれの責任として、パークロレイト放出試験の標準的な方法を学会ホームページ上に掲載しています。
その際、より安全と考えられたパークロレイトの使用を両学会としては勧めています。
またいくつかの大学病院では、学会の勧告を参考として、各施設の倫理委員会で「パークロレイト放出試験」を認めています(新潟大学、名古屋市立大学、北里大学など)。


*甲状腺シンチには放射性ヨードを使うもの以外に、テクネシウムシンチ、というものがあります。
これは試薬を注射してするもので、ヨード制限食も必要ないので手軽にできる検査です。

しかし、この検査では甲状腺の場所やだいたいの大きさ・形がわかるだけで、ヨード唾液/血清比やパークロレイト放出試験ができません。その意味で、クレチン症の病型診断のためには、テクネシウムシンチは適切ではありません。

甲状腺超音波検査で、甲状腺の大きさや場所、形を測定することもあります。
甲状腺超音波検査(エコー検査とも言います)は、スクリーニングで「クレチン症疑い」となった時の、
最初の精密検査時に行われることが勧められています。
しかし、多少トレーニングが必要な検査ですので、精密検査のための入院時に初めて行われたり、あるいは経過中の確認検査として行われることがあります。

*上で述べた「3~5」の甲状腺シンチで、甲状腺の形や場所は分かるのですが、「ヨード濃縮障害」といった特殊なタイプのクレチン症では、放射性ヨードが甲状腺に取り込まれないため、甲状腺シンチで甲状腺の形が描出されず、「欠損性」と誤って診断されることがあります。甲状腺超音波検査では、たとえ「ヨード濃縮障害」であっても、きちんと形などがわかり、正しい診断が可能となります。

註:甲状腺シンチや甲状腺超音波検査といった、形(形態)を評価する診断方法を「画像診断」と言いますが、甲状腺の画像診断としては、最近ではCT(コンピュータ断層写真)やMRI(核磁気共鳴反応)が行われることがあります。大型の機器を必要としますことと、とくにMRI検査では長い時間大きな音のする場所で動かないでいる必要がありますので、まだ一般的ではありません。

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TRH試験
TRH(Thyrotropin-Releasing Hormone)という試薬を注射し、注射前(0分),注射後(15)、30,60,90,120分に採血します。
早朝空腹時でも午後でもできる検査ですが、普通は朝食をとらずに朝やってしまいます。

*TRH試薬にはとくに害はありませんが、おしっこがしたい気がする(本当にでるわけではありません)のと、ちょっと吐き気がおきます。短時間で治りますが、あまり速く注射すると起こりやすいので、TRH試薬を5~10mlくらいの生食に希釈して、1~2分くらいかけてゆっくり静脈注射します。
施設によっては筋肉注射する場合もあります。

血液中のTSHを測定し、0分値が4~5 mIU/L以上、15から30分値が約30~35mIU/L以上なら
(基準は施設によって少し違います)、甲状腺機能低下症があると判断します。

さらに、0、120分のFT3,FT4,サイログロブリンも測定し、甲状腺の働きそのものの判断材料とします。簡単に説明しておきますと、0分値のFT3に比べて、120分値のFT3があまり上昇していないと、甲状腺のホルモン合成能力が低いと考えられます。


一般的な検査は以上の3~7のようになっています。2泊3日か3泊4日で可能です。

場合によっては、知能検査や聴力検査をすることもあります。

検査が終了したら、元の量のチラーヂンSを再び飲み始めます。
検査の後、チラーヂンSの処方が忘れられ、治療を中断したままになることが、まれにありますので注意が必要です。